所在地
東京都新宿区舟町
概要
浄土宗寺院の西迎寺は、紅葉山と号します。 西迎寺は、西迎法師(明応8年1499年寂)が、1490年(延徳2年)、太田道灌の菩提を葬うため西光庵と号して江戸城紅葉山の地に創建、寛永年中に四谷に移転したといいます。 西迎法師は三浦四郎義広の嫡男で、大田道灌の父道真と親子の契を交わしており、父三浦義広、大田道灌の死後、仏門に入ったといいます。
現地説明板
新宿区指定有形文化財 彫刻
西迎寺の阿弥陀如来像
所 在 地 新宿区舟町十三番地
指定年月日 昭和五十九年七月六日
元禄七年(一六九四)旗本伏見勘七郎為智が父の供養のために、当時名鋳物師といわれた椎名伊予守良寛に製作させたものである。
青銅製で、像高二三七センチ、台座高一三五センチ、両手の親指と人差指で環をつくり膝の上で合せた「定印」を結んでいる。
区内の鋳造による阿弥陀如来座像としては規模が最も大きく、造立者や製作者が判明している点からも史料的価値が高い。
平成三年十一月
東京都新宿区教育委員会
西迎寺の梵鐘
所 在 地 新宿区舟町十三番地
指定年月日 平成十八年三月七日
西迎寺第八世超誉萬愚が大壇越の伏見勘七郎為智等に広く喜捨を仰ぎ、貞亮三(一六八六)年に鋳造された銅造の梵鐘。 総高さ一五〇・〇センチで、江戸鋳物師椎名伊豫守良寛の作であり、同寺に伝わる「阿弥陀如来像」(区指定文化財)と同じ寄進者、鋳物師が関わっている。
江戸鋳物師の作風・鋳造技術を知ることができる。また、銘文から当寺の寺歴や梵鐘鋳造の歴史を知ることができ、史料的価値も高い。
太平洋戦争中の供出により区内の江戸時代の梵鐘は残存数が少なく貴重である。
平成十八年三月
新宿区教育委員会
フォトギャラリー
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地図
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編集メモ
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