甲州街道紀行

No.136「お岩水かけ観音」

< No.135 たんきり子育地蔵尊
No.136A 四谷四丁目交差点 >
所在地

東京都新宿区四谷

現地説明板
お岩水かけ観音由来

貞享年間(1684~1687)四谷左門町に住む御家人宮又左衛門の一人娘お岩は迎えた婿養子伊右衛門の放蕩が原因で哀しくも狂乱行方知れずになり それからと云うものは種々怪奇な事件が頻発したが田宮家の菩提寺にてお岩の霊を供養したところようやく平穏になったと伝えられています

この伝説をもとに脚色したのが鶴屋南北の東海道四谷怪談で文政八年(1825)三代目菊五郎の浅草市村座で初演大評判を得ました

爾来約三百年お岩稲荷は幾度か災禍をこうむり太平洋戦争でも焼失したが地元世話人によって再建され 家庭円満無病息災商売繁盛などに霊顕あら〇かと言われ参詣人はあとを絶たず崇敬者は広がって現在に至っております

当お岩水かけ観音は縁あって再建の世話人をつとめた飯塚五兵衛が昭和四十六年九月二十三日丸正食品株式会社本社屋建築施行の際三年の願かけ 昭和四十九年九月二十三日満願にあたり稲荷と観音様の慈愛をこめて祈願成就のしるしとして新たに分祀建立したものです

昭和四十九年九月二十五日

於岩稲荷霊堂
陽運寺

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地図
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編集メモ
写真撮影日 最終リンク先確認日
  • 2021/02/04
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