甲州街道紀行

No.193「地蔵菩薩立像」

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所在地

東京都調布市菊野台

概要

この地蔵菩薩像は妙円尼が建立したもので、妙円地蔵ともよばれています。

現地説明板

市指定郷土資料(民俗資料)

地蔵菩薩立像(妙円地蔵)

所在 菊野台壱丁目三十二番地
指定 昭和六十二年三月三十一日

妙円は、若々しくて金子村(菊野台)の新助に嫁いだが、恵まれない境遇の上に両眼を失明した。 その後、自ら悟るところがあって尼になり、寿量妙円と号した。 そして、村人のために毎日路傍で鉦をたたき、念仏を唱え続け、多くの人びとから受けた浄財をもとに文化二年(一八〇五)この地に悲願の地蔵菩薩像を建立した。 その後も妙円は菩薩像のそばで念仏三昧の日々をおくり、村人に頼まれては加持祈禱を行った。 それは必ず効験があったと言い伝えられている。

妙円は、自分の死ぬ日を予告していたが、実際には一日遅れて文化十四年(一八一七)十月二十九日、安らかな往生をとげたという。 このことは、瀧澤馬琴がその著「玄同放言」に紹介したため、一躍江戸戸近在にまで有名になった。

妙円の墓は深大寺の三昧所にあり、鉦は調布市市郷土博物館に保管されている。 また、この地蔵菩薩像は長い間頭部を欠損していたが、昭和六十二年六月、地元の有志たちによって修復された。

昭和六十二年八月六日

調布市教育委員会

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編集メモ
写真撮影日 最終リンク先確認日
  • 2021/02/06