所在地
東京都千代田区紀尾井町
概要
喰違木戸跡は1612年(慶長17年)、甲州流軍学の創始者・小幡景憲によって縄張りされたと伝わる江戸城外郭門のひとつです。 江戸城の城門は枡形門と呼ばれる石垣をコの字型に巡らした強固なものですが、喰違見附は土塁を前後に延ばして道をジクザクにして直進を阻むといい、 戦国期以来の古い形態の虎口の構造です。
現地説明板
喰違木戸跡
喰違木戸跡は、1612年(慶長17年)に旧武田家臣の小畑景憲によって縄張りされたと伝えられます。 門からつながる土橋は、現在の紀尾井町と港区の元赤坂を結んでいます。
通常、江戸城の城門は、枡形門と呼ばれる石垣を巡らした形ですが、ここは土塁を前後に延ばして直進を阻むという、 戦国期以来の古い形態の虎口(城の出入口)・構造となり、門ではなく木戸が設けられていました。 この地は、二つの谷に挟まれた高台で、江戸城西側の防御の要として構築されたと考えられています。 現在は、一部土塁が削り取られているものの、その形状は保存されており、往時の様子を留めています。
1636年(寛永13年)には、江戸城内郭と城下と取り巻くように外堀工事が行われ、その全長は14kmに及んでいます。
このうち約4kmの範囲が、1956年(昭和31年)3月26日に、江戸城外堀跡として国指定史跡になっています。
--英語省略
千代田区
「絵本江戸土産」1861年(文久元年)
個人蔵
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編集メモ
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