甲州街道紀行

No.95「四谷見附跡」

< No.94 尾張名古屋藩屋敷跡
No.96 四谷見附橋 >
所在地

東京都千代田区麹町

概要

甲州道中の出発点に位置し、江戸城の西の玄関にもあたる要所のひとつでした。 JR四ツ谷駅麹町口側からは、門の石垣が見えます。石垣の上に生い茂るムクノキも江戸時代のものです。

現地説明板
現存する四谷門の枡形石垣

江戸城には、内郭10、外郭26の城門があったとも言われ、赤坂見附など現在も地名に残る「見附」には番人が置かれていました。 外郭の四谷門は、四谷口・外麹町口とも呼ばれ、甲州街道沿いで町人や物資が行きかう門として交通の要所でもありました。

四谷門枡形石垣は、1636(寛永13)年の御手伝普請で萩藩(現在の山口県)主の毛利秀就によって造られました。 四谷門の構造は、冠木門(高麗門)と渡櫓門からなる枡形門で、冠木門左手の石垣上には稲荷が祀られ、樹木も植えられていました。 門の警備は3年交代で旗本が担当していました。

四谷門枡形石垣は、明治期に市電の敷設に伴い撤去され、冠木門の北面の一部を残すだけです。 しかし、1988(昭和63)年JR四ツ谷駅改修工事に伴う発掘で、渡櫓門石垣下段のうち5段が発券されました。 石には毛利家を示す「雁金紋」の刻印が確認できます。 発掘された石垣の隅石部は、JR四ツ谷駅麹町口駅舎南側に保存されており、四谷見附橋の橋詰から覗くとその姿を見ることができます。

--英語省略

東日本旅客鉄道株式会社

図 四谷御門
(江戸城御外郭御門絵図,東京都立中央図書館蔵)
図 枡形石垣の再現イメージ
写真 発掘された枡形石垣
(千代田区文化振興課蔵)
写真 1871(明治4)年の四谷門
(旧江戸城写真帖,東京国立博物館蔵)
フォトギャラリー

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地図
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参考文献
編集メモ
写真撮影日 最終リンク先確認日
  • 2021/02/04
  • 2021/03/11